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ひな祭り

桃の節句の起源とは?なぜ桃なのか、ひな祭りとの関係は?

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3月3日の「桃の節句」といえば「ひな祭り」ですね。

 

ひな祭りといえば雛人形を飾ったり、チラシ寿司や雛あられを食べて女の子の健やかな成長をお祝いするイベントですが、皆さんはこの桃の節句の起源をご存知でしょうか?

そもそも節句とはなんなのか、なぜ桃だったのか、桃とひな祭りとの関係は?

 

気になって調べてみると、意外なルーツや有名な昔話との関係もわかってきました。

 

今日は桃の節句の起源や、桃を用いるようになった理由、ひな祭りとの関係についてまとめてみました

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桃の節句の起源とは?

桃の節句の起源はもともとは中国がルーツです。

 

その頃の中国はの時代で、618年から907年のころに制定されました。日本には奈良時代(710年から794年)の初頭に伝わりました。

 

日本で正式な公的行事として定まったのは、江戸時代(1603年から1868年)頃です。

 

桃の節句とは別名で、本来の名前は上巳の節句(じょうしのせっく)と言います。

 

上巳の節句とは、節句というのは5つありそのうちの1つです。

 

ちなみに他の4つの節句を紹介すると

1月7日:人日(じんじつ)の節句 別名「七草の節句」

5月5日:端午(たんご)の節句 別名「菖蒲の節句」

7月7日:七夕(たなばた)の節句 別名「笹の節句」

9月9日:重陽(ちょうよう)の節句 別名「菊の節句」

この5つのことを五節句と言います。

 

節句とは、季節の変わり目という意味で五穀豊穣無病息災子孫繁栄を祈り神さまにお供え物をして邪気を払う大切な行事です。

また節句は節供とも書き、これは神さまにお供えする食べ物を意味します。

 

節句の頃に収穫できるものにはエネルギーが強いものが多く、その植物から強力なエネルギーをもらい、罪穢れを祓い健康に生活したいという願いが込められています。

 

節句と似たものとして節分があります。

 

節句と節分の違いは少しややこしいのですが、節分は立春や立秋など暦上で大切な節目で農業を行う上で重要なものでした

対して節句はもともと中国の陰陽五行という思想が元になっているので、どちらかといえば風水的なものに使われ季節の変わり目の行事を意味することが多いようです。

 

節分については詳しい情報はこちらをご覧下さい。
⬇︎
節分の恵方巻きを食べる方角の決め方とは?恵方と吉方位の違いは?

 

桃の節句の3月といえば、長い冬が終わりを告げて春に移り変わる時です。

冬の間の汚れを祓い、新しい季節を迎える。

桃の節句とはとても美しい行事だなと思いました。

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なぜ桃なのか?

では、なぜ桃を節句に用いるようになったのでしょうか?

 

桃という字は、木に兆と書きます。

兆は、物事の始まり生命の兆し(きざし)を意味していて、死などの悪い邪気を払う神聖ものとして扱われていました。

 

そして桃の節句の3月の頃は、桃の木に花が芽吹く頃でしたので桃の節句としたのでしょう。

また桃は不老長寿の与える植物とされていて、百歳と書いて「ももとせ」と読んだりします。

 

有名な昔話「桃太郎」の桃から産まれ、鬼を退治するという話しもここからきているそうです。

 

桃は女性のお尻を象徴しているともされていて、3月の桃の節句で女の子をまず祝い、5月の端午の節句で男の子を祝う感じは、日本は本来レディーファーストの国だったのかなと思ったりもしました。(笑

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ひな祭りとの関係は?

桃の節句にひな祭りを行うようになった由来は平安時代に遡ります。

 

平安時代に宮中や貴族の女の子の間で紙の人形を使った遊びが盛んになりました。それを「ひな遊び(ひなあそび、ひいなあそび)」と言いました。

雛とは、大きなものを小さくすることや小さな可愛いものという意味があります。

 

もともと日本には、人形に自分の代わりに悪い気を受けてもらいそれを川に流す「流し雛」という風習があったため、のちに「ひな遊びの雛」とくっつき桃の節句には雛人形を川に流すようになりました。

 

しかし段々と雛人形が豪華になっていき、やがて雛人形は家の繁栄を象徴するものとなり桃の節句に飾る風習になっていったのでした。

 

ちなみに現在、雛人形の製造は埼玉県の岩槻市が有名ですが、その理由は三代目徳川将軍・徳川 家光公日光東照宮を造営するときに全国から有力な宮大工を江戸に集めたことに由来しています。

 

江戸から日光までの道のりで、現在の岩槻市がある場所に江戸からはじめの宿場町がありました。

 

日光東照宮の建設を終えた宮大工の中に、この岩槻市に残って生活し始めたものが多く、その宮大工たちが神社の代わりに作り始めたのがこの雛人形だったということです。

なんでも極め出すととことん極めてしまう日本人ならではの話ですよね。

 

今でも形は変わって人形がフィギュアになりましたが、その完成度は当時の宮大工さんが見たらどう思うかとても興味が湧きますね。

 

しかし雛人形がもともとは、自分の身代わりだったなんて全然知りませんでしたのでとても驚きました。

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桃の節句の起源とは?なぜ桃なのか、ひな祭りとの関係は?のまとめ

今回桃の節句や雛人形に込められた願いを知ることができて、より一層ひな祭りの大切さがわかりました。

 

また桃や昔話の桃太郎の関係や、日光東照宮と雛人形の関係なんかもわかって本当に勉強になりましたね。

 

せっかくですので、お子さんに教えてあげるといいかもしれませんね。

そうすればより健康に可愛らしく雛人形のような女性に成長してくれるかもしれませんよ(笑笑

 

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