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節分に恵方巻きを食べる由来とは?恵方巻き文化が定着した理由についても考えてみた!

投稿日:2018年11月6日 更新日:

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参照:https://www.sirogohan.com/recipe/ehou/

節分の時に食べるものといえば恵方巻きですよね!

 

節分の日が近づいてくると、

スーパーやコンビニなど色々なところで

見かけることが多くなってきます。

 

最近では恵方巻きロールなるスイーツなんかもあって、

とても楽しいイベントになってきています。

 

この恵方巻きですが、

 

そもそも食べるようになった由来はご存知でしょうか?

 

なぜこんなに全国的に定着することができたのでしょうか?

 

調べて見ると様々な説があって、こちらもとても面白いのでシェアしたいと思います。

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節分に恵方巻きを食べる3つの有力な説とは?

 

【大阪の芸妓の願掛け説】

最も有力な説が江戸時代から明治時代の

大阪の芸妓たちが節分の日に巻寿司を食べていたという説です。

 

そのころは、恵方巻きとは呼ばずに

「丸かぶり寿司」「太巻き寿司」

と呼んでいたそうです。

 

当時の芸妓さんたちは、

どんな願掛けや縁起担ぎしていたのか

興味がありますがおそらく粋で艶っぽい

願い事をしていたのでしょうか。

 

ただこちらの説はもう1つの側面があって、

大阪の船場(ふなば)という

昔の問屋街の若旦那衆が花街遊びの1つとして

芸妓さんたちにやらせていたという話もあるそうです。

 

【お新香で縁起担ぎ説】

節分の時期は香の物

つまりお漬物が新たに出始める時期でもありました。

 

そこで新しい香の物を巻寿司にして

切らずに食べるとで縁起担ぎとしたいう説です。

 

新米新酒など昔から日本人は、

その年の初物は縁起がいいとして

神棚にも捧げる風習がありますので、

こちらの説も一理あるのかなと思いました。

 

こちらの説は主に関東の方でよく聞かれる説のようです。

 

【戦国武将のゲン担ぎ説】

戦国時代にある武将が、

節分の日に巻寿司を食べてから

戦に出掛けたら勝利することができたことから

ゲン担ぎで行なっていたという説です。

 

こちらの説は他の説よりも信憑性が低く、

戦国武将の名前もはっきりしませんし、

どこの戦なのかもわからないようでした。

 

戦に行く前に巻寿司では、

なんか力が湧いてこないような気がしますよね。

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恵方巻きを広めたのは誰?

恵方巻きを世間に広めたのは一体誰なのでしょうか?

 

こちらは割とはっきりした歴史がありました。

 

始まりは1940年に、

大阪鮓商組合後援会という組織が、

「幸運巻寿司 節分の日に丸かぶり」という

謳い文句とともに広告を出したことが始まりでした。

 

先ほどの由来に書いたように、

元々は芸妓さんたちの風習だったものに

商人たちが目をつけたのでした。

 

巻寿司がたくさん売れれば寿司屋が儲かり、

もちろん海苔や具材を売っている

商人たちも儲かるということですね。

 

さらに1950年代に大阪のたこ焼き業者

「たこ昌」の会長である山路 昌彦は、

実家の経営する海苔問屋で

海苔の在庫処分に困っていることを知りました。

 

山路は、これをなんとかしようと

節分に日に大阪の「くいだおれ人形」の横で、

若手芸人を集め巻寿司の早食い競争をさせました。

 

これが話題となり

テレビやラジオなどで放送されると、

一気に節分の巻寿司が有名になったのです。

 

ちなみに「たこ昌」は現在でも営業しており

楽天などでも購入することができます。

たこ焼割烹たこ昌 楽天市場店

 

しかし、この時もまだ「恵方巻き」という

名前ではありませんでした。

 

「恵方巻き」という言葉を初めて使ったのは、

広島県のセブンイレブンです。

 

もともと庶民の間から生まれた恵方巻き

やはり商売人の目の付け所がよかったのか、

その後は全国的にどんどんと

その地名度が上がっていったのでした。

 

しかし、決して特別な食べ物ではない「巻寿司」

なぜここまで市民権をえたのでしょうか?

 

次にその理由について考えてみたいと思います。

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節分の恵方巻きが定着した3つの理由

 

2月はイベントが少ない

まず考えられるのは2月は大きなイベントが

少なくなかったことがあげられると思います。

 

2月の主なイベントといえばバレンタイですが、

最近ではマンネリ化してきていますし、

そもそも家族や男性にはあまり関係がありません。

 

12月や1月はイベントが目白押しですし、

逆に3月に入ると卒業引越し入学など

大きな節目となるイベントが待っています。

 

節分といった軽めのイベントが

ちょうどよかったのではないでしょうか。

 

2月はお金のかからないイベントが助かる

年末や正月は何かとお金のかかるイベントが多いですよね。

 

しかも3月に入るとそれこそ人によっては

かなりの出費が予想される人がいると思います。

 

節分は豆まきや恵方巻きは、

リーズナブルなもので一通りの

用意ができてしまうので経済的にも

とても助かるイベントだったのではないでしょうか。

 

最近では恵方巻きロールや

百貨店の豪華な恵方巻きが出てきましたが、

あまり流行っているという感じはしませんし、

何よりあまり求められていないのではないでしょうか。

 

世間的にここは(2月)は

出来るだけ出費は抑えたいという

潜在的な思いがあるのでしょう。

 

巻寿司くらいが逆にちょうどよかった

恵方巻きの巻寿司は、

料理の中でいえば質素な部類に入ると思います。

 

普段でも普通に出てくるし、

なんなら時間がないときにコンビニやスーパーなどで

買ってきて食べるようなイメージです。

 

そんな巻寿司ですが、

年末や正月で豪華なものをたくさん食べてきた後には

ちょうどよかったのではないでしょうか。

 

しかも節分の時に食べるものといえばコレ!

みたいな決まったものが

なかったのがよかったのでしょう。

 

お寿司業界やコンビニ業界が

そこにうまく入り込み頑張って宣伝したおかげで、

最近はすっかり節分の定番メニューになってきました。

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節分に恵方巻きを食べる由来とは?恵方巻き文化が定着した理由についても考えてみた!のまとめ

節分に恵方巻きを食べる由来について調べてみました。

 

その出所はどれも曖昧で

どちらかというと風習というよりも、

世間の間から生まれた習慣のような感じでした。

 

でも調べてみると

庶民の面白い発想や思惑が垣間見れて

面白いなと思いました。

 

そのほかに節分に関するオススメの記事はこちらです。
⬇︎

節分にいわしは、どこの地域の風習?全国の節分の変わった風習を紹介!

節分にイワシの頭を飾るのはなぜ?名前や意味はなに?

節分の恵方巻きを食べる方角の決め方とは?恵方と吉方位の違いは?

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  2. […] 出典節分に恵方巻きを食べる由来とは?恵方巻き文化が定着した理由についても考えてみた! – Dacquoise […]

  3. 安房 より:

    たいへん興味深く拝見しました。いろんな説があって面白いですね。もしかしたらどれか一つというわけではなく、それぞれが真似したり自分なりの解釈をして時代が同じものは同時進行的に行われていたのかもしれませんね。
    正確性を期するためにいくつかご指摘と補足をさせてください。
    ・船場は「せんば」と読みます。
    ・大阪鮓商組合後援会のチラシはもう少し早く、大阪歴史博物館のサイトでは昭和7年のものが見られます。
    ・Wiki情報(信ぴょう性は担保できません)ですが、「恵方巻」という名称は1989年にセブンイレブン広島市中区舟入店の野田靜眞氏が考案したとあります。そして全国展開は1998年からのことです。

    「風習というよりも、世間の間から生まれた習慣」は、そんな感じです。風習というほどのものではない、庶民の風俗的な感じというか習慣というか。

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